福岡歯科大学

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学部・大学院

児玉 淳 准教授 インタビュー

「人体の世界を解き剖く(ときひらく)破格な解剖学者」
2012.08.31
生体構造学講座 機能構造学分野
児玉 淳 准教授

毎年、多くの学生たちが苦労する解剖学。その解剖学教育に日々尽力され、飾らない人柄で学生から大変慕われている児玉先生に今回のインタビューをお願いしました。

――先生は福岡歯科大学のご出身ですが、この大学を卒業してよかったことは何ですか?

児玉:同窓生とのつながりが深いところでしょうか。同窓会では、学内支部の評議員をしています。そのほかに鹿児島県人会にも参加しています。鹿児島県人会とは、学内の鹿児島出身者で構成される学生主体の会で、学生教員あわせて40人ぐらいいます。毎回欠席者はほとんどなく、そういう点でも同郷の絆が深くつながっていますね。懇親会では、同窓会の鹿児島支部から毎回焼酎の差し入れがあるんですよ。


〈ご父兄寄贈の解剖慰霊碑〉

――それは羨ましい!!鹿児島はいろいろな銘柄の焼酎がありますもんね。ところで、先生は研究室ではなく、こちらの解剖実習室にいらっしゃることが多いですよね。

児玉:解剖が趣味ですので(笑)。

――そのご趣味でもある解剖学の魅力とはどんなところですか?

児玉:比較解剖学も含め、生物の形態と構造を実際に自分の目(肉眼)で確認出来る事ですね。今でこそ遺伝子レベルからの話になってしまいますけど、それが形作られて、よくまあこんな形になっているなあと感心します。自然の造形の素晴らしさに魅せられたとでもいいましょうか、それ以来楽しくて仕方ありません。基本的に体の中に存在するもので、無駄なものはないので、どんなに些細なものでも、その存在理由を探していくというのが肉眼解剖です。肉眼解剖の研究とは、結果から逆行的に遡ることだと思います。それが個人識別とか法医学的なことにも応用される理由です。

――解剖学が学問として確立されたのはいつぐらいからですか?

児玉:古くは、紀元前辺りから人体解剖は行われていました。でも近代医学に通じるようなものが出てくるのは、15世紀ぐらいからです。書籍としてはダ・ヴィンチのスケッチとか、レンブラントの絵画とか、世界で最初の解剖学の教科書とされているヴェサリウスの『ファブリカ』とか、そういったものが残されています。このように歴史は古く、肉眼解剖学の研究はもう既にすることがないと言われていますが、実はそんなことはなく、教科書でも正しく描写されてない部がまだまだあるんですよ。


16世紀の解剖書 『ファブリカ』

――例えばどんなものですか?

児玉:その一つが顎関節の奥にある静脈で「翼突筋静脈叢(よくとつきんじょうみゃくそう)」です。
教科書では静脈が網目状に存在しているという図しか描かれてないんですが、そういう気持ちで解剖しても出てこなかったんです。不思議に思ってまた違う方法で剖出をしたら、実際にはあの写真(※1)のように多くの静脈が集合して洞様(袋状)の構造をしていました。これ全体が静脈なので、顎運動によって頭頸部の血液循環が改善され「咀嚼すれば頭がよくなる」と言われています。また臨床では、上顎の臼歯部のところに伝達麻酔を打ったら内出血を引き起こしやすいという事例もあり、その原因となっている本体です。


〈※1 カラー部分「翼突筋静脈叢(よくとつきんじょうみゃくそう)」〉

――教科書は常に正しいとは限らないんですね。

児玉:洞様の構造をしているため、内出血を起こしやすいのだろうと思われます。ですから、学生には臨床で伝達麻酔をする場合は十分に注意するように言っています。
余談ですが、体の構造は教科書には一般的な形で記載されていますが、実際解剖をしていると色々な個人差がみられ、バリエーション(変種)もあるんですよ。基本的な構造があり、奇形に至らないまでの許容範囲の変異、そういうものを専門的には「破格」と呼んでいます。特に臨床現場においては、一般的に言われていることにも常に疑問を持って、自分の目で確かめることが重要になってくるのです。

――今一番興味があるのはどんなことですか?

児玉:口の中に存在する大きな舌です。舌は筋肉の塊で、一つの集合体みたいなものですから、その成り立ちと形というのは発生が複雑なんです。この舌の発生と形態および機能を繙く(ひもとく)上での1つの手掛かりとして、形態の個人差を利用するとともに、さらには発展させて「摂食嚥下」に関わる器官としての役割を解明していきたいですね。

――本学では解剖実習は2年生で習いますが、実習をするにあたって、先生が工夫されている点を教えて下さい

児玉:どれだけ視覚的にきちんと見せられるか・・・剖出できるかですね。スタンダードな剖出方法はあるんですが、基本的な構造は一緒でも微妙な個人差があります。そこをいかに教員側が把握して、その遺体に合った剖出法を指導するか、そこですね。

――と言いますと・・・。

児玉:基本的に解剖は浅いところから深いところへ進めていきますから、当然、浅いところにある構造が深いところを観察するのに邪魔になります。邪魔になる浅い部分を除去してしまうのではなく、そこは残しつつ再び復元出来るような剖出を心掛けています。記憶に残るような遺体の見方ですね。切って除去してしまうのは簡単です。除去してしまう場合は、先にスケッチ等の記録を残すことに重点をおいています。

――学生さんに対して、先生が一番心掛けている点は何ですか。

児玉:学生と同じ目線に立つというところでしょうか。指導上、ある時には上からものを言わなければいけない部分もありますが、基本は目線を一緒にすること、それを忘れたらダメだと思います。特に医療関係者として、そして医療従事者を育てる者としては、初心を忘れず、常にご遺体に対して畏敬の念を持って接し、医道を学ぶ姿勢を持つことが大切だと思います。故大森忠雄名誉教授のお言葉(※2)を解剖実習室出入り口に掲げていますが、「ヒトを診る・視る・見る」上で大事な言葉です。自分もそういう指導を心掛けています。

――福岡歯科大学の卒業生ということで、最後に後輩たちに向けて一言お願いします。

児玉:基礎医学自体が、全て医学・口腔医学の糧となっています。人の体を扱う者として、解剖学は最も基本的な学問だと思います。とにかく、がんばって勉強して下さい!学生さんもいろいろなストレスや不安があると思いますが、楽しむ時は楽しんで、勉強する時はしっかり勉強する、切り替えを上手くして有意義な学生生活を送って下さい。

――日本でも数少ない肉眼解剖学者として、教育者としての児玉先生の解剖学に対する熱い思いが伝わってきました。本日はお忙しい中、ありがとうございました。

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