教員インタビュー

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50音順リスト
あ か さ た な
は や ら わ

あ行
・阿南壽 (あなんひさし)
・池邉哲郎 (いけべてつろう)
・池邉哲郎 大学院fd
・石川博之 (いしかわひろゆき)
・石川博之 大学院fd
・稲井哲一朗(いないてついちろう)
・井上敏生 (いのうえとしお)
・内田竜司 (うちだりゅうじ)
・梅津桂子 (うめづけいこ)
・大星博明 (おおぼしひろあき)
・岡田賢司 (おかだけんじ)
・岡部幸司 (おかべこうじ)
・岡村和彦 (おかむらかずひこ)
・尾崎正雄 (おざきまさお)
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か行
・香川豊宏 (かがわとよひろ)
・金子高士 (かねこたかし)
・金光芳郎 (かねみつよしお)
・川野庸一 (かわのよういち)
・城戸寛史 (きど ひろふみ)
・城戸寛史 大学FD
・古賀千尋 (こがちひろ)
・小島寛 (こじまひろし)
・児玉淳 (こだまじゅん)
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さ行
・坂上竜資 (さかがみりゅうじ)
・坂上竜資 大学院FD
・佐藤博信 (さとうひろのぶ)
・篠原徹雄 (しのはらてつお)
・嶋田香 (しまだかおる)
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た行
・髙橋裕 (たかはしゆたか)
・田中芳彦 (たなかよしひこ)
・谷口省吾 (たにぐちしょうご)
・長 環 (ちょうたまき)
・都築尊 (つづきたかし)
・鳥巣浩幸 (とりすひろゆき)
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な行
・内藤徹 (ないとうとおる)
・永井淳 (ながいあつし)
・永嶋哲也 (ながしまてつや)
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は行
・萩家康弘 (はぎややすひろ)
・埴岡隆 (はにおかたかし)
・馬場篤子 (ばばあつこ)
・早川浩 (はやかわひろし)
・日高真純 (ひだかますみ)
・廣藤卓雄 (ひろふじたかお)
・別府理智子(べっぷりちこ)
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ま行
・松浦尚志 (まつうらたかし)
・丸田道人 (まるたみちと)
・壬生正博 (みぶまさひろ)
・森田浩光 (もりたひろみつ)
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や行
・安河内ひとみ(やすこうちひとみ)
・山崎純 (やまざき じゅん) 
・山崎純 大学院FD
・山野貴史 (やまのたかふみ) 
・湯浅賢治 (ゆあさけんじ)
・吉永泰周 (よしながやすのり)
・米田雅裕 (よねだまさひろ)
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ら行
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わ行
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「東日本大震災被災地での歯科医療救護活動に参加して」

── 総合歯科学講座 総合歯科学分野 廣藤卓雄 教授


 東日本大震災での歯科医療救護活動に参加された先生に、被災地での活動について、そして救護活動を通して学生に伝えたいこと等をお伺いしました。
——被災地での救護活動に参加された経緯について教えてください。
廣藤:  今般の地震災害で被災された多くの方が避難所等における避難生活を余儀なくされており、十分な歯科保健・歯科医療の提供を受けることができず、有病者や体力の低下したハイリスク者を含む高齢者の誤嚥性肺炎といった健康面への影響も懸念されていました。そこで日本歯科医師会は、全国の歯科大学に口腔ケア活動支援者の派遣依頼をしました。勿論、我々福岡歯科大学にも応援要請がありました。学園で検討した結果、歯科治療については、何でも出来る総合歯科から派遣することになり、私は是非参加したくて、志願しました。他に歯科衛生士3名と同行することになり、私を含め4人の“福岡学園チーム”として歯科に纏わるボランティア活動を行いました。
  
廣藤教授と歯科衛生士の福岡学園チーム
——どちらで活動されたのですか?
廣藤:  我々が被災地に出向いたのはちょうど震災から約4ヶ月経過した7月3日でした。仙台空港は正常に機能しており問題なく到着できましたが、上空から周囲の景色を見た時、愕然としました。津波の影響で辺り一面、建物等何もない状態で、この状況で自分たちに何が出来るのか不安になったのを良く覚えています。到着当日に宮城県歯科医師会から活動内容の詳細を伺って、翌日から7月11日まで主に南三陸町で口腔ケアの支援活動を行いました。南三陸町では津波による大被害を受けて、歯科医院が6軒流され、歯科医師の先生も亡くなられたそうです。 
   
                    震災から4ヶ月後の南三陸町
——具体的な活動内容について教えてください。
廣藤:  現地の歯科医師、歯科衛生士のコーディネーターの方の案内で、避難所となっている小・中学校や公共施設、老人施設等を訪問し、義歯の調整や口腔内の清掃指導、口腔機能訓練等を行いました。
義歯調整を行う廣藤教授
——あちらでご苦労されたことは何ですか。   
廣藤:  震災から4ヶ月経っていることや本学から必要な物資は送っていたこともあり、口腔ケアの物資等について不足していることはありませんでしたが、水については、水道が不通のため、入れ歯や機材の洗浄に大変苦労しました。現地の方の飲み水は支援物資として配られていて、給水車が巡回しており困っている様子はありませんでしたが、トイレについてはとても苦労されていたようです。また避難所から仮設住宅に移られる方が多くなった結果、避難所が広範囲に点在することになり、訪問する際の移動が大変でした。
打ち合わせをする廣藤教授とコーディネーター


仮設住宅も訪問しました
——特に印象に残ったことはありますか?
廣藤:  活動当初は不安もありましたが、被災された方々とお話をするうちに、その明るさにこちらが助けられた感じがしました。あれだけの災害に遭って、なお前向きに明るく復興に向けて頑張られている姿を見ると、逆にこちらが勇気づけられた気がします。口腔ケア活動について、指揮系統の多少の混乱もあり、効率的な動きは出来なかったかもしれませんが、それでも今回の経験は我々にとって大変貴重な経験になったと思います。
 ——今回のボランティア活動を通して学生さんに伝えたいことはありますか?  
廣藤:  今、学んでいる学生やこれから歯科医師を目指そうと考えている高校生諸君にも伝えたいことですが、まず冷静であること。どんな状況であっても慌てず冷静であること。そして正確な診断が出来ること。そして応急処置を含め、何でも出来るようになっておくこと。そのためには、学生である今から楽な道を選ばず、しっかりと苦労して様々なことを学んで欲しいと思っています。
日本歯科医師会から送られた感謝状
——本当に貴重な経験をされたのですね。ところで、先生について少し教えて頂きたいのですが、先生のご出身は?  
廣藤:  愛媛県松山市出身です。高校は松山東高校を卒業しました。高校時代は、釣りや模型作りに熱中していましたね。九州にあこがれていましたので、大学は九州大学歯学部へ進みました。
——なぜ、九州大学歯学部を選ばれたのですか?
廣藤:  もともと歯学部に行きたいと考えていましたから、試験内容等を検討して九大に決めました。九大時代は、同級生とよく釣りに行きました。楽しかったですね。大学院を修了後、約20年間、九州大学病院で歯周病の治療と研究に没頭していました。
——本学へ来られるきっかけは?  
廣藤:  本学では平成13年の4月に臨床研修医の指導などのため、総合歯科学講座が新設されました。この新しい講座を作る取り組みに興味があり、平成14年9月に総合歯科学分野に赴任しました。  
——総合歯科ではどんな事をするのですか?  
廣藤:  本学の総合歯科では、大学病院の中に一般開業医さんがはいっているようなもので、一般的な歯科治療は勿論、それ以外にも、高齢者歯科や訪問歯科もやっています。附属病院においては、歯科を受診する患者さんの初診と、主として比較的短期間に治療の終了が予測される患者さんの総合的歯科診療を担当しています。さらに成人の予防管理および口臭クリニックも担当しています。口臭については、近年社会的な関心も高まっていることもあり、相談に来られる患者さんは大変増えています。学生さんには、歯科臨床一般についての理解がさらに深められるように教育しています。
——先生は学生に大変人気がありますが、学生を指導する際に心掛けてらっしゃることって何ですか?  
廣藤:  それはずばり「褒めて育てる、褒めて伸ばす!」ですね。そして、不得意領域を無くしながら、得意領域を更に伸ばすことを意識して指導にあたっています。本学は口腔医学を実践し、世界に通用する歯科医師を育てることを目指しています。その目標に向かって学生と一緒に頑張っていきたいと思っています。  
先生、お忙しい中、貴重な体験をお話いただき、本当にありがとうございました。    
 

廣藤教授からのビデオメッセージ

 
 
 
 

 

 

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